ファンタジーに浸かる

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『ケルトの薄明』 知るのではなく、体感するケルト

今回はイエイツが執筆し、それを全訳した『ケルトの薄明』についてです。

ちくま文庫から『ケルト妖精物語』が出ていますが、イエイツ自身が書き記したものは今回の本だけでしょうか。イエイツはアイルランドの詩人であり、劇作家でもある方。アイルランドの文芸に対して大きな貢献をされた方で、当然、ケルトについてもそうです。

 

素晴らしいのは、イエイツ自身が民間伝承を聞き、または体験して書き記した点です。イエイツの主観が色濃く出ている箇所もありますが、その根本は本当の意味での神秘体験。アイルランドの妖精、人さらい、呪術師、ゴースト、追いかける豚、美しい女性……実に神秘的で、時にユーモア。

それを語ったアイルランドの人達(つまりはイエイツに向けて語る人達)は、当然のことのように話します。読み進めていくと、奇妙な感覚になっていきます。ジョークだと笑っている人の方がおかしいと思わせるほどに、否定をさせてくれない。そこには体感するケルト、もう一つの文化がそのまま残っているのです。

 

歴史を辿るだけだったり、面倒な気持ちで調べたりするだけだと、それは正しいことでしょうが、中身は空っぽになってしまう気がします。

私の場合で言うと、400文字の水車の描写を書くために、一週間を費やしたことがあります。ヨーロッパの歴史などは知っていても、水車の知識はそこまでありませんでした。

でも、何か足りなかった……歴史を調べる時、私はその歴史の中にいない。ファンタジーを書き始めた人や、歴史がよく分からない人は、同じことを考えたことがあるでしょうか。実感がないということは、大きな問題だと思います。

 

ケルトは有名なワードです。民族音楽、自然、歴史、神話、あらゆる場面でその面白さをのぞかせてくれます。ですが、そういう面白いものは知るだけではなく、体感してみたいものです。ファンタジー小説を書く時に頭がかたくなってしまった! なんていう時に棚から取っている一冊ですね。

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『狼と香辛料』 シビアな世界で一生懸命にがんばる姿

狼と香辛料は、今から3年ほど前、大学一年生の頃に読みました。その2年後にまさか先物投資をやることになるとは思いませんでしたが、投資をやろうと決意する直前、この作品が脳裏に浮かんだことを鮮明に覚えています。社会について何も知らなかった私に、小さな興味を与えてくれた話です。ですから、ビジネスを軸にした語りになります。

 

先に言ってしまうと内容自体にそこまで大きな仕掛けはありません。あらすじはファンタジーにしてはシンプル。行商人の青年ロレンスが偶然な形で、ホロと名乗る美しい少女――正体は遠い北の地より来た狼と出会う。半ば成り行きで二人は一緒に旅をすることになりましたが、そこに予想外の儲け話がとんでくる、というもの。ロレンスは年齢の割にある程度の経験を積んでいる一人前の商人ですが、ホロは賢狼と呼ばれるほどの頭ですばらしい交渉術を用います。ロレンスの立場がなくなるほどの切れ者ですね。

 

現実世界とファンタジーを混ぜることの面白さは、語るまでもないだろう。コメディの中に時事問題を取り上げたり、メタ的な話であったり、そういうものはファンタジーに限らず存在する。ホロのようなファンタジー要素がありつつ、中身は現代に通じるビジネスの基本が見られる。

この物語における商売人は、現代の商人よりも商人らしい。あくまでファンタジーで、時代背景も昔ですから、戦争がどこかで行われ、横暴な傭兵もうろついています。(傭兵についての描写は2巻)異教徒の存在もあります。通貨が安定していない国も多く、一つの国を信頼し続けることは難しい。そして馬車が使われるような世界ですから、その場所によって値段が全く違ったり、値段があまり変動しない宝石を持ち歩いたり……そんな世界の中で、商人は生きていかなければなりません。つまり、稼げるお金の量が命と直結していると言っていいでしょう。

 

教会でさえも、寄付をしなければ、かまどだって使わせてくれない……同じビジネスでも、現実のビジネスとの意味合いが違いますね。

 

でも、そこがストレートに好き。

ライトノベル的な作品で、人によっては地味に思えるところまで徹底したビジネスを分かりやすく読ませてくれる作品はあまり無いのでは。他のファンタジーのような目立った宣伝文句は用意出来ない。それでも分かりやすい文章とシンプルな構成から、すんなりと入れてしまう魅力があります。もちろん、伏線などを使って儲け話の落とし穴を共感させ、キャラクターを活かすことも行っているが、これは無駄を省いた結果であり、批判も称賛もするべきではないのでしょう。この物語が好きな人は、シビアなこの世界観を体感しつつ、忘れたくない気持ちになる。そして、こう問いかける人もいるでしょう。私たちは、楽しんでいるだろうかと。

 

お金という存在に嫌悪感を持つ人がいる。ファンタジーを現実逃避の材料だと決めつける人がいる。でも、ロレンスはつまらなそうなのかな。ホロはどうなのかな。

投資を行い始め、現実の世界ももちろん厳しいのだと実感しつつ、自ら踏み込めば、心地の良い高揚感を抱く日々を私は送っています。そして最近になって、この作品を何度も読み直しました。生きる意味だとか、普通の暮らしだとか、そればかりではなくて、生きるために一生懸命がんばることの楽しさが、私のような人には足りていなくて、それをこの作品で味わえたのは、ただの気まぐれではないのでしょう。

 

ビジネスの基礎を学びつつ、そのシビアな世界でがんばるロレンスやホロに、言い知れない憧れを抱く。現実の中でファンタジーのようなドキドキを見出せる人になりたい欲求が生まれてくる。

決して王道のファンタジーではありませんが、私たちと似ている世界の中でがんばる姿勢は、ファンタジーらしいドキドキ感を与えてくれるでしょう。

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小説『精霊の守り人』 について

今日は上橋菜穂子さんの『精霊の守り人』について語りたいと思います。

 

いわゆる守り人シリーズの記念すべき1作目です。老練な女用心棒バルサが、新ヨゴ皇国の妃から皇子チャグムを託され、精霊の卵を巡る戦いに挑む話です。最近では実写の連続ドラマがありましたね。アニメ化もされていて、知名度はかなり高いですね。

 

先住民の伝承や新ヨゴ皇国の建国の裏側などの世界観構築が上手い。(著者は文化人類学者)しかも戦闘描写が細かく、分かりやすい。ライトノベルによくあるスピードで勝負するのではなく、槍を返す手首の動きのような細かいところをイメージさせてくれる。多人数と相対するバルサの短槍さばきは、ゆらめく炎のように、静かな心の高鳴りを呼んでくれる。

 

一番の魅力と思ったのが、なんといっても女用心棒のバルサの頼もしさ。30歳の女性でありながら凄腕の用心棒として知られつつ、姉御肌な性格と時折見せる優しい一面に惚れてしまう読者も多いのでは? カッコイイお姉さんです。皇子チャグムとのコンビはとても微笑ましく見えます。30代女性が主人公のファンタジーってちょっと珍しくて好き。

他にも、バルサの幼馴染のタンダや呪術師のトロガイなど、個性の強いキャラクターが多い。バルサを狙う敵の目線も描かれていて、しっかりとこの世界に生きているのです

 

よく世界観の素晴らしさだけを書く人が多いですが、戦闘シーンや情緒ある情景描写、キャラクターの魅力……総合的な美しさがシリーズ化を支えた一番の理由ではないでしょうか。批判的に言えば、世界観を過大評価し過ぎている人もいるのでは? とも考えてしまう。もちろん素晴らしいのですが、この作品においての魅力を一つのテーマで語るのは難しい。ストーリーがシンプルで分かりやすいから論点にする意味は薄れていますが、リアリティ・ファンタジー・キャラクターの個性を詰め込んでいて、しかし小説ならではの表現というよりも、それらの良さを宝箱のように封じ込めるために文章を使っているように見える……だからこそ、「小説だからこそ!」という物語には思えない。アニメーションにしても違和感の少ない作品かもしれない。総じて、読者層の広い、様々なメディアで表現されるべきものとなっている、と私は考えています。悪いこととかではなく、事実そうではないかと。さらに評価される可能性が今もなお、こうして広がっているのが何よりの証ではないでしょうか。

 

小説に慣れていないお子さん、ファンタジーを遠慮していた方、読みやすいものを探している方にはオススメしたいです。また、自然を活かした文章や民族料理のシーンもあるから、自然や日常のシーンを書きたい、初心者の書き手様も参考になるのでは。

小学生の頃、読書感想文に坊ちゃんを選びましたが、読みやすいし、精霊の守り人がもう少し早く出たら選んでたでしょうね(

 

シリーズ化されているので、続編の感想なども今後書くかもです。

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